エッフェソイヤ!

建築のバックグラウンドから、次世代の建築を作るにはどうすればいいか考えているデザイン系院生が、建築/ゲーム/XR/UXデザイン/シチュアシオニスト/バク転/カポエラ/パルクール/筋トレ/クラブカルチャーについて幅広く語ります。

センスがない、課題で評価されないと絶望する建築学生へ

今回は、あまり優秀な建築学生でなかった僕が、建築学科での生活を思い返して、こういう風に過ごせばよかったな、というのをまとめてみます。
 
元々一年生の頃から常に「優秀層」に属していて、建築が楽しくてしょうがない!将来は絶対建築家になるんだ!という学生や、
 
よく分からないけど3年生で適当にやってたら教授から、
「あなたの概念、設計に対する倫理観が素晴らしい!」
と認められる天才タイプの学生に向けてというよりは、
 
学部時代の僕のような、元々手を動かす経験、アートとの触れ合いが少ない、でもなんとなく建築って面白そうだなあ、と思って入ったが、周りのレベルの高さに落ち込んでしまった「意識低い系建築学生」が、入学時点でできない人に対してかなりハードモードな教育システムの中で、どうやって楽しんで設計をできるか、考えてみました。
  
※僕の出身大学である、早稲田大学の学部における設計教育をモデルにこの記事は書いています。ただ、他の大学の方にも共通する部分はあると思うので、読む価値はあるかと思います。
 
 

 

 

意識低い系建築学生が大体するであろう体験

 
意識低い系学生は、建築学科の教育の中で、大まかに以下のような気分になっていくのではないでしょうか。
 
 
一年生:元々絵に親しんでいたり、建築が小さい頃から好きで、自主的に色々な有名建築に行った経験があったり、手先が器用な学生が設計の授業で注目されます。
 
まずそこで、
 
「ああ、俺は絵が下手くそだなぁ、図面の線も汚いなあ」
 
という挫折を覚えます。
 
 
二年生:図面の課題も難しくなり、「面白いアイデアを生み出す大喜利」のような課題も増え、そこではじめて評価される学生も出てきます。
 
しかし、意識低い学生は、知識の蓄積が少なく、面白いアイデアもあまり出ないので、そこでもそんなに評価されることはありません。
 
 
三年生:設計課題が本格化し、同期がこぞって徹夜をし、突然よくわからない難しい本を読み始め、先輩の入れ知恵で何やら難しいコンセプトと複雑な形(多くは前年度の優秀作品のコピー)を作るようになります。
もしくは、数学や物理が得意な優秀な同期は、「デザインなんかアホがやることだろ...笑」というような雰囲気で、エンジニアリングの世界へ進んでいきます。
 
 
そう言った「できる」学生たちをずっと見てきて、
 
「ああ、自分にはセンスもないし、頭もそんなによくない、辛い、悲しい、辞めたい...」
 
という絶望を抱く、というのが多くの学生のパターンではないでしょうか。
 

そのようないらない絶望をする必要はないですし、時間の無駄ですのでやめましょう。
 
 
よく勘違いされる「センス=生まれ持った才能で、ない人はどんなに努力しても無駄」というのは、(10、20年に一人の超天才を超えたい、という場合を除いては)間違っています。
 
 
「センス」は、今までに行ってきた無意識の積み重ねの表出でしかないので誰でも積み重ねさえすれば再現は可能だと思います。
 
どうすればいいか、順を追って解説していきます。
 
 

設計製図教育本来の意図と、意識低い系学生の現実

 
そもそも、設計製図の授業や課題は、出題する教授側は前提として課題以外にも自主的に図面をトレースしたり、建築に行ってきたり、建築に限らず幅広い読書を行ったりと、
 
授業以外に基礎的な訓練は自分で済ませてくること
 
を前提に授業のカリキュラムが組まれています。
 
 
それができれば理想なのですが、でも、実際そんな時間取れないですよね。
 
 
これは、現状の建築学科のカリキュラム上の問題でもあると思います。
 
ただ、おそらくすぐには変わらないので、うまく渡って行く術を考えて言った方が建設的です。
 
 

現実的に、意識低い系学生が取れる時間を考えてみる

 
まず、普通にほどほどにサークル活動を行い、たまにバイトもする学生が、どれくらい建築に費やす時間があるかを考えて見ます。(僕の大学の一年生をモデルにします)
 
学部一年生が、週6日、一日6時間大学に通うとし、週1日は、アルバイトや課外活動に費やすと考えると、普通の課題を行うのに取ることができる時間は、
 
睡眠時間を8時間、通学時間を2時間、食事、入浴、休憩時間を5時間とおくと、
 
一日で、24 - (6 + 8 + 2 + 5) = 3時間
一週間で(アルバイト、課外活動の時間を除き)18時間
 
という感じになります。
 
それに加えて、学部生は設計課題以外の課題も出る場合が多いです。
 
設計製図以外の授業の課題に費やす時間を、
平均して一つにつき3時間、それが週大体2個あるとすると、
 
課題に費やせる時間は週に、18 - 3×2 = 12時間となります。
 
実は、「センスがある」ように見えている学生は、入学前からの積み重ねに加え、この12時間、さらに休憩時間や睡眠時間を削って、基礎訓練に20時間以上を費やしている人が多いと思います。
 
ただ、これを意識低い系の学生がいきなりやろうとすると疲れてしまいますし、続きません。なので、少しずつ、現実的なところから変えて行きましょう。
 
僕は、1、2年生の頃12時間なんて普段から全く費やしておらず、学期終わりの最終締め切り前にまとめて週20時間ぐらいを費やして、ギリギリ間に合わせていたタイプでした。
3年生になりやっと本腰を入れて勉強を始めましたが、今では(コンペの入選などはまだないですが)、自分の作るパースでお金をもらったり、色々な事務所でインターンを問題なくするくらいの力はつきました。
 
なので、この12時間をうまく使えれば、普通の学生の方はもっとうまくいくと思います。
 

自分が最近作ったパースですが、このレベルのパースならば、1年ほど努力をすれば簡単に作れるようになります。
 
 
 

1年生、2年生のトレース課題でよく分からなくなってしまった場合は

理想としては、学生の習熟度に合わせて課題の量も増減していくのが良いのですが、大学のような大人数を一度に教育する場所だとそうも行きません。
 
なので、課題がよく分からなくなってしまった、辛い、という学生(特に1年生、2年生)は、
 
汚くてもなんでもいいので、ひとまずTAにしかめっ面されるが受け取ってもらえるレベルの図面を無心かつ超高速で仕上げ、期限にだけは間に合わせて、空き時間を作り、もっと簡単な図面のトレースに取り組む
 
ということをまずやってみると良いと思います。周りの綺麗な図面を期限内に間に合わせられる人たちは一旦無視してください。
 
 
よく分からない課題に取り組んでいる、という時点で、それは設計の勉強ではなく、ただ線を引いている手の筋トレになっているだけです。週12時間と、ただでさえ時間がない中、手の筋トレに時間を費やすのはもったいないです。
 
 
だとすれば、その課題自体を変えることは不可能なので、できる限りその無駄なことに関わる時間を減らした方がいいです。つまりさっさと終わらせましょう。
 
 
昔の僕のように、理解するまで期限を遅らせて完璧に仕上げてからやろうとすると、結局超高速で仕上げるよりもさらに質の低いものを遅れて出すだけになってしまいます。
 
 

課題以外の基礎練習の時間をどう効率的に確保するか

 
以下の習慣は、意識が低く、毎日2-3時間も机に座って基礎練習は厳しい、というタイプの学生が、現実的にできそうな基礎練習の方法です。
 
 
1.Pinterestなどで、行き帰りの電車の中などで、自分の好きな図面を集めるようにする(通学時間の中の片道10分、往復20分)
 
忙しい合間に、わざわざ図書館を巡ったりしなくとも、グラフィックやアートに対しての感性をある程度作っていくことは可能です。
 
Pinterestというネットのサービスで、ひたすら自分が好きだと思った画像を、ジャンル分けして集めてみてください。
 
そのうち、サービスが似たような画像をどんどん集めてくれるようになります。
 
 
2.標準的な一級建築士試験の図面や、自分の好きな建築家の作品の図面を、つまらない授業の合間にトレースしてみる。(最初はトレーシングペーパーを被せて、後から見ないで)
一級建築士 本試験TAC完全解説 学科+設計製図 2018年度 (TAC建築士シリーズ)

一級建築士 本試験TAC完全解説 学科+設計製図 2018年度 (TAC建築士シリーズ)

 

 

 
大学の授業のほとんどは、正直に言ってYoutubeの動画を自分で見た方が勉強になるものの方が多いです。
 
つまらない授業は単位を取るために一応出席し、一応耳では聴きながら、スマホで前日の飲み会の感想を話している時間を基礎力の向上に充てた方がいいと思います。
 
そうすれば、貴重な課題の為の12時間や、睡眠時間を削らずに済みます。
 
最初は、いきなりつまらない一級建築士試験の図面をトレースするのは苦痛だと思うので、素直に自分が、Pinterestなどで見つけた、
 
「カッコいい!」、「かわいい!」、「なんか、いい!」
 
と思った建築の図面を、図書館やネットで探して、手書きでもCADソフトでもよいのでトレースするのがいいと思います。
 
この作業が、4つの中で一番面倒なのですが一番効果があります。
(僕は学部時代の頃は一切やらなかったのですが、院生になって始めて、ああ、もっと早くやっておけばよかった、と後悔しています。)

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自分のトレースの一部です。

 
写真でトレースしているのは、以下の本です。
Floor Plan Manual Housing

Floor Plan Manual Housing

  • 作者: Oliver Heckmann,Friederike Schneider,Eric Zapel
  • 出版社/メーカー: Birkhauser Architecture
  • 発売日: 2017/10/10
  • メディア: ペーパーバック
  • この商品を含むブログを見る
 

 

 トレースに関しての更に詳しい説明は、こちら方のウェブサイトが参考になります。
 
3.その建築家が、どういう考え方で建築を作ったのか、本やツイッターを読んでよく理解してみる
 
自分が本当に建築家の言っていることを理解しているか考えつつ、じっくり読んで見てください。いきなり多読をする必要はないです。
 
今生きていて、ツイッターをやっている建築家なら、フォローしてみるのもいいです。
 
 
理解できない場合は、背景となる知識が足りていないか、建築家も自分の言っていることがよく分かっていないかのどちらかなので、一旦読むのをやめて、「いつか戻ってくる」という気持ちを持ったまま、わかる本に移行してみてください。
 
 

内容をある程度理解したら、友人やブログやツイッターなどで、自分の言葉で感想をアウトプットしてみるのもいいでしょう。 

 

 

4.有名建築家の作品でない、身の回りの建築を注意深く観察してみる
 
普段から、建築旅行に行けなくても、建物は街に溢れています。
 
よくよく観察してみると、どの建物も微妙に違う作られ方をしていたり、敷地の特殊な条件に合わせた設計になっていたり、使う人が微妙に改造していたりします。
 
最寄駅の駅舎の屋根なんかは、東京の場合多くが鉄骨造ではないでしょうか。
鉄骨の組み方を、電車を待っている間に勉強することもできます。
工事現場なんかも、ストレートに参考になります。
 
ふとした時に、そうした「普通の建物」に目を向けても、学ぶところはたくさんあります。
 
下の二つの本は、普通の建物にすごく鋭い観察眼を向けて、そこに隠れた面白さを表現しているものです。こうした視点なら、意識低い学生がサークルの練習にいく前や飲み会の帰りなどでも、十分建築見学をすることは可能です。
メイド・イン・トーキョー

メイド・イン・トーキョー

 

 

超合法建築図鑑 (建築文化シナジー)

超合法建築図鑑 (建築文化シナジー)

 

 

 

積極的にデジタル技術を勉強し、削減できる作業は削減、基礎練習に充てよう

 
この項目は、どちらかというとデジタル作業が認められるようになる2年生後期以降向けのアドバイスです。
 
デジタル技術は、ある程度パソコンに慣れている人であれば、誰でも結構なスピードで習得することができます。
意識低い系の学生が、意識高い系の学生の昔からの蓄積を上回っていくには、やはり、どこかで彼らより多くの時間を捻出しなければなりません。
 
その際に、コンピュータによるモデリングやCG作成がある程度できると、図面と模型とパースを別々で作成するより、早く成果物を揃えることができます
モデリングから、図面、パース、模型用の図面を全て出力できる為です。
 
不必要に大きな模型を作る為の作業や、図面の色ぬりなどに時間をかけずに、意識低い系の学生は、コンピュータを使って浮いた時間の分、基礎トレーニング、設計自体の検討、よりシャープなアイデアを出す為の十分な睡眠などに時間をかけましょう。
 
建築学科や、学生コンペティションだと手書き風のテイストが今流行っていますが、CGの技術がある程度向上すればそれも再現可能です。
 
学内では、CG的な表現はなかなか評価されづらいですが、実社会においてこの技術は確実に役に立ってきます。そして、これからの建築生産はどんどんデジタルの方向性へ進んで行きます。(生産性の高い設計者が生き残っていくので)
 

2時間ほどで作成したCGです。(もちろん設計とモデリングにはもっと時間がかかっていますが)
 
 
RhinocerosやSketchupにより、3Dモデリングができるようになれば、図面はそのモデリングを切り出して、線の調整を行うだけで作成できますし、その線をレーザーカッターに出力すれば複雑な模型部品も自分の作業と並行して、機械が作成してくれます。
 

 
モデリングをして
 

自分が家で寝ている間、面倒臭い部材をレーザーカットし
 

棒材と貼り付けるだけ。1/30の大きく精巧な模型が半日で終わります。
 
 

一番大変な設計製図に取り組む三年生へ

おそらく、どの大学でも3年生の設計課題が一番大変なのではないでしょうか。
 
しかし、ここでも設計の基礎力が身につくまで無理に難しいことをしないでよいと僕は思います。
 
同期の優秀そうに見える学生たちは、3年生になった途端に、先輩の入れ知恵で、やれ近代批判だの、透明性だの、概念だの言って、難しいコンセプト文を作っていると思いますが、彼らも自分で何を言っているかは分かっていません。
 
はっきり言って、そう言った「教授に好かれそうなキーワード」を抜き出すための、本質的な理解の伴わない読書は時間の無駄です。
 
彫刻のようなカッコよさげな形の模型を、いきなり作らなくても大丈夫です。
 
僕は三年生の頃、一、二年生で何もしていなかった反省から、「急いで周りに追いつかなければならない」という気持ちから焦って似たようなことをしていたので、なおさらそれに意味がないことを実感しています。
 
 
勘違いしないで欲しいのは、僕もカッコいい形の建築は大好きですし、それを作るために建築学科に入った、と言っても過言ではありません。(読書もそれなりにしていると思います。)
 

こんな感じの頭のおかしい建築が大好きですし、どうにかして現実世界に建たないかなあと日々考えています。(写真は、Lebbeus Woodsという建築家です)
Lebbeus Woods: Experimental Architecture

Lebbeus Woods: Experimental Architecture

  • 作者: Lebbeus Woods,Tracy Myers,Karsten Harries
  • 出版社/メーカー: Carnegie Museum Store
  • 発売日: 2004/09/15
  • メディア: ペーパーバック
  • この商品を含むブログを見る
 

 

 
ただ、この歳になって気づいたのは、そのカッコいい形の建築を、自分のもののようにスムーズに設計するためには、
 
まず標準的な建築の作り方の大枠も、1年生、2年生の段階で理解できている必要がある
 
ということです。(上の人はある種の天才なので、それはやってないかもしれませんが、僕のような凡人がこういうものを作りたい場合は、です。)
 
 
その理解が、自分で客観的に見ておぼつかない、という人は、3年生、4年生からでも遅くはないので、
 
白紙のトレーシングペーパーの前で神が降臨するのを待って徹夜でウンウンうなったり、
 
建築雑誌をパラパラめくって「プロポーションが…」、「この図面の空気感が…」
 
などと言ったりする前に、恥ずかしがらずに基礎的な図面のトレースをすれば良いと思います。
  
 
3年生で、仮に早稲田大学であれば、一年間のうち設計課題が4つもあります。
 
そのうちの一つを、周りが巨匠建築家っぽい建築を作っている中、基礎の定着に徹底的に時間をかけてみるのもいいのではないでしょうか。(3年生の時の僕に言ったら、絶対嫌な顔をされたと思います。)
 
毎日基礎の定着に少しづつ時間をかければ、ある程度ものにはなると思います。
 
 
周りの同期が、誰が何番をとった、誰の模型はこんなに大きい、などしょうもない話で盛り上がっている中、評価もされず、そういった地味な作業を積み重ねるのは大変かもしれませんが、しっかりとした設計能力を身に付けたい方は、そうした訓練を積み重ねたほうが良いと思います。
 
 
そのあと、基礎が身についた上で、一度好き勝手やってみると、自分でもより満足できる設計ができ、自然と学内で評価もされるようになると思います。 
 

僕のように、基礎がないまま3年生を終えた人へ

 
僕は、以上に書いたような自分の基礎がないという事実に4年生の終わりまで目を背けていました。なので、今少しずつですが、基礎のトレースなどをやっている段階です。
 
 
カッコいいっぽいグラフィックや難しい文章は読めるようになったけど、本当は基礎力がない、という方は、実は結構いらっしゃるのではないでしょうか。(特に僕の大学の放任主義の教育プログラムをなんとかくぐり抜けてきた人なら尚更です。)
 
学生としては若干遅いですが、将来的にどのような形であれ設計に携わっていくのであれば、まだ遅いということは全然ないと僕は思っています。
 
言い訳のように聞こえてしまうかもしれませんが、順番の問題なのだろうな、と思います。
僕は、自分がどのような世界観を実現したいのか、を表現することを、図面や製図の基礎そっちのけでひたすら学部の時は行って来ました。
 
そして、ぼんやりとですがそれが見え始めたので、次はそれを実現するために基礎能力をもう一度学び直す、という段階に入っています。
 
なので、一年生も二年生も三年生も四年生も、院生も、自分の立ち位置を過大評価も過小評価もせず、冷静に見極めて、できることからコツコツやって行きましょう。