エッフェソイヤ!

建築のバックグラウンドから、次世代の建築を作るにはどうすればいいか考えているデザイン系院生が、建築/ゲーム/XR/UXデザイン/シチュアシオニスト/バク転/カポエラ/パルクール/筋トレ/クラブカルチャーについて幅広く語ります。

教授"君のアイデアは古いね〜!"の真意

 
 
お久しぶりです。
ベルリンでの春休み期間を利用し、日本に戻り、ある企業のVR部門でインターンを行なっていました。
 
最終的に内定を頂くにも至ったので、後に建築学生の建築業界以外の進路の取り方として記事を書こうと思います。
 

 

 

今回の記事は、少し反応があった上のツイートを、もう少し深堀りしようと思います。 

 

 

 

 

 
 

教授に「アイデアが古い」と言われる経験は、建築系学生を問わず、デザイン、芸術系の学生なら一度はあるのではないでしょうか。

 

僕も、指摘を受けた当時は、よく意味が分かっていませんでした。
 
具体的にどんなコンセプトに対して古いと言われたかは、文章が長くなるので割愛しますが、
 
「いや、古いっていうか、みんな誰でも思う問題意識だろ、これ?解決しなくていいの!?」
 
というモヤモヤした気持ちがいつも残っていました。
 
多くのアドバイスしてくれる人は、自分のアイデアのどこがどう古いかまでは言ってくれないことがほとんどです。世の中そんなもんです。 
 
 

建築界/美術界の批評で言われる“新しさ”の軸 

 
 
その後、色々と考えて、いわゆる批評家や、プロの建築家や、教授が、学生の作品に対してどのような評価軸で見ているのかが少しづつ分かってきました。恐らく、以下の3つのような観点で、界隈の人は作品を評価していると思います。
 
 
  1. 表現の対象(主題、コンセプト、伝えたい内容)の新しさ
  2. 表現の仕方(テクニック)の新しさ
  3. 実装の新しさ(ファインアートの世界では存在しない。建築学生だと滅多に機会がない)
 
 
アカデミックな世界での建築を含めた、広く芸術作品の評価は、この3つの掛け算で行われると思います。
建築の意匠系設計課題で主に見られるのは、大学により比重の差はありますが、1と、1を的確に表現する2です。
手書きの絵が上手、とか、ハリウッド映画のような3DCGを描いても、この1と2がしっかり接続されていないと、批評界では全く評価されることはありません。
 
最初の僕に指摘をくれた教授の、「古いねー!」は、
1.扱っているテーマ、それを説明する言い回しが昔の人と変わらない
2.教授には、表現が昔にあったものに似ているように見える
 
この2つの古さを指摘したものでした。
 

主題が古いと何がいけないのか

 
これは、僕が少し前にずっと疑問に思っていたことです。
 
「古い、古くないとか、結局ある限られたコミュニティ内の見方でしかなくて、別のコミュニティからしてみたら全く別の新しさの軸があるでしょ、なんで建築界のお作法にだけ乗っ取らなきゃいけないのかなぁ...」
 
この疑問に対して、今の自分が答えるとしたら、
 
ある限定されたコミュニティ内での主題と表現の新しさだけでしか、実社会における実装ができない課題/芸術作品は勝負できないので、そのコミュニティ内で作品を出して、そこで評価されたい場合は従うしかない。
 
という答えになります。そして、それに違和感を感じる場合は、別の評価軸を有したコミュニティに属したほうが幸せです。
  

Pokemon Goの"新しさ"

 
唐突ですが、一時期一世を風靡したPokemon Goを、仮に「作品」と捉えます。
 
「人が街で歩かなくなったこと」=「都市の不健康さ」というテーマは、建築学生が提案したとしたら「古い」と一刀両断されていたことでしょう。
 
つまり、主題としては「古い」ものを扱っています。
 
しかし、Pokémon Goはその主題に対しての解決策を、スマホのARゲームを作ることで提示しました。
 
さらに、大学の課題ではなく、人がお金を払うビジネスとして世に出てきました。
 
そのおかげで(一時的ではありますが)世界中の多くの人が実際に外に出て、社会現象を引き起こしました。
 
この社会現象には、ある種の「新しさ」があると言えます。
 
「古い」と呼ばれる主題は、多くがより根本的な問題であり、それに対して取り組んできた人が多いことを意味しています。それ故、新しい解決策を出すのが非常に難しいですが、何か出せればとても価値のあるものになります。
 
 
つまり、Pokemon Goは、最初の評価基準に照らし合わせると、
 
 
  1. 表現の対象の新しさ:そこまで新しくない
  2. 表現の仕方(テクニック)の新しさ:Ingressが使っていた技術の応用だが、それなりに新しい
  3. 実装の新しさ:Pokemonというコンテンツを組み合わせたことにより、多くの人がそれで遊んだ。今までにない実装の規模。

 

 

このように、最後の実装の新しさが際立っていた"作品"と言えます。

これは、実社会において他人からお金を貰って存在するビジネスにおける強みだと思われます。

 

どうやって、「新しい」作品を作っていくか

では、学生としてPokemon Goが作れないとして、どのように新しい作品を作っていけばいいのでしょうか。
 
恐らく、以下のようなプロセスに分解されるのではないか、と思います。
 
 
  1. ひたすら似ている事例を探して、自分の「古さ」を自覚する
  2. 自覚した後に、自分がやりたいことをより詳細な言葉や作品で説明する
  3. その言葉や作品と、昔の似ている事例を比較する
 
 
表現の対象(テーマ)の新しさを伝えるのが難しいのは、それが多くの割合を言葉により規定されてしまう為です。
 
例えば、自分が作っていた卒業設計の作品を、最初に教授に見せた際、それを説明することばは、 
 
身体性・遊び・公共性・サイバー空間
 
このような感じでした。 
 
この辺りの「ありきたり」な表現で自分の興味を捉えてしまうと、すでにみんながたくさん考えていたことなので、「主題が古い」という評価を受けてしまいます。
なので、今はそれを、
 
身体性→平衡感覚、深部感覚(身体性のより具体的な定義)
遊び→ゲーミフィケーション(遊び→ゲーム→現代において見直されるゲームの価値)
公共性→すれ違いの公共性(どのような公共性が現代において現れ始めているのか)
サイバー空間→建築の非物質化(バーチャルリアリティ技術によって、建築がどんどん物質でなくなって行く)
 
という難しめの言葉でわざわざ言い直したりしています。(よりよく分からない言葉になって言っているのは、自分の中での解像度を高める為です。)
 
※解像度に関する考察は、こちらを見て見てください。
 
このような感じで、「古いね〜!」と言われてしまった学生の皆さんは、
 
「お、俺のテーマは先人が沢山いるんだな。やったろうやんけ!!」
 
という気持ちで「新しさ」を産むために頑張っていけば良いと思います。頑張っていきましょう。